May 2010
3 posts
人見知り肯定論 全然まとまってないvar.
話せばわかる。確かに話す事で互いに分かり合える事は多いだろう。しかし、他者とコミュニケーションをとる方法として話す事はほぼ最終手段に近いと思っている。 その理由はコミュニケーションをとる事において言葉以外の要素が重要な役割を果たすと言うことと、言葉や文章などの言語は核心を覆い隠す性質があると言うことである。 ...
May 23rd
On the memory #002
たぶん、気にしてるのは僕だけなんだろうな。過去に固執しすぎなんだろう。そしてまた自分の事しか考えてない俺がいる。 昔から気持ちを素直に伝えてくれる人ではなかったし、まぁ聞いてもなんとなくとか曖昧な答えしか帰ってこないのは承知している。だから、わからないままで置いておくのも良いと思う。そうしよう、そう。 誘われて会った訳だけど、話を聞いて欲しかったようで、僕はただ相槌をうっているだけであった。いや、それしか出来なかった。話の内容が自分の処理能力の範囲外の事象でフリーズしてしまった。それを躊躇いはあったろうが口にする様子をみているだけでもはや相手の気持ちになって考える余裕はなくて、どうしたらこれほどの事を話せるのか、その気持ちの遷移をたどる事が困難だと感じた。 話を聞く相手もなぜか僕だという事がさらに謎を深めるのもあって、こんな感じにもうぐちゃぐちゃだ。
May 12th
On the memory #001
この前すごく久し振りに電話して会うことになったんだけど、なんだかそれ自体が現実じゃなかった気がしていて、自分が総合失調症なんじゃないかと疑ってしまったが、会う前日になってメール来て現実だと判断できた。 そして、今日会った。 2年ぶりかな。相手は緊張してそわしわしているようだったが、僕は自分でも不思議なくらいなにも感じていなくて、そんな自分にビックリしてしまった。 お茶をしてちょっと買い物に付き合ってバイバイした。 ちゃんと過去を制裁すべきなんだろうか。 今日の自分の態度だと相手に失礼だったとしか思えないのだが、それでもそういうふうに自分が振舞ったのは自分にも理解できていない。 相手の、緊張して目を大きく開けたはにかみは、ちょっとは意識してるんだろうなと感じたからますます自分の全く緊張しなさすぎがわからない。 ...
May 11th
April 2010
1 post
“職人は自分のあつかう材料のひとつひとつを、細心の注意をこめてとりあつかおうとした。職人が細心の注意をマテリアルに注ぐとき、つくり手の内部にも最善の精神状態がつくり...”
– 森のバロック (中沢新一)
Apr 20th
March 2010
6 posts
脳・思考・睡眠、あるいは死 #001
脳が一番冴えているのは私の場合、眠りに落ちる直前と目覚める直前だ。 これが最近はっきりと自覚できるようになってきた。 解決方法を模索していたり、なにかアイディアを考えていたりする状況で眠りにつく、あるいは覚醒寸前の意識状態であるときに、ふっと答えが浮上して来る事がよくある。 眠っている間の私自身の意識は私とは別の次元に存在するか、あるいは、そもそも存在しないのか知る由も無いが、例えば夢などを見ている自分は覚醒寸前に自身に意識がある事が知覚できている。睡眠から覚める直前は身体の感覚が完全ではなくふわふわとした感じにとれるが、その状態とは脳からすれば日中に比べて思考以外の生体の活動から解放された状態であると言えるのではなかろうか。だから何か問題解決のきっかけになる事を思いついたり、複雑に感じられた事柄が整理されたように感じれる思考が出来るのではなかろうか。どうだろう。 つづく
Mar 29th
ただひとつの事実は私が生きているという事 (だろう。この事実に確証はない訳だから) つまりは同時に他者の存在を認めるいうことであって、そもそも書くに価しない公然の真理なのだが。
Mar 27th
どうしても超えられない自殺への壁の存在を認めよう。その根底を忘れたり、もしくは分からない・感じれなくなってしまったらどうだろうか
Mar 27th
なぜ生きてるか という問題に対して考える上で、一つ忘れてはならない事がある。 それはこの問題は私個人について考えれば良いと言うだけではないという事だ。 どうあがこうとも他人と関わりなく人は存在出来ず、私の存在、この思考の存在はひとつの独立した事象である事は無い。
Mar 27th
描く事、なにに怯えるのか キャンパスは無限の無 形状を与えることは命を吹き込むことに等しく痛い それは振り払うべき恐怖、 挑戦の対象であり、たわいのない事 エネルギーを注ぐ場所 精神の磨耗との戦い 唯一にして最も容易な自由への入り口
Mar 27th
change
もはやうだうだと愚痴ばかりこぼしていても仕方がない。 人が変わる事を期待しても意味がないのだ。自分が変わるか変えて行くしか無い。 一番危険な事は「気づく」という事ができない事。心配して言ってくれるようないい人たちがいっぱい居たって自分がその問題をその人たちと同程度かそれ以上に重要視していなければ、いくら言われても全く聞いていない事と同じだ。 言ってくれる人に立場からすると、ただのお節介焼きだしそんな事言うには相手に失礼だろうとか考えた上でそれでも口にして言ってくれている。 そう考えると助言や意見はもっともっと素直に受け止めなければいけない。ましてやその時点で自分は気づけていなかったのだと焦りを持つ必要がある。 ...
Mar 13th
January 2010
2 posts
About myself #005
自分が本当にしたいことは何だろうか またそんな疑問にかられて 今、僕はweb業界で働いている。 自分が好きなことをする そう思って選択した道だ。  就職の際、新卒採用をしているような大きな会社を選ばなかったのは 我慢して好きかどうかわからない事を毎日仕事として行うと言うことに 耐える自信が全く持てなかったし、その仕事は僕がやらなくても いいように思えることばかりだったからだ。 その選択自体に後悔はないのだが、 今やっている事も仕事であることに変わりはない。 webサイトを作ることが好きだか仕事としてもやってられるのだけれど、 作っているからには完成品の価値や評価などが、 自分が携わった部分に対しての評価だ ということになる。 しかし、僕が作ることが好きだと言う真意は、 完成品の価値で決まる自分に対する評価を得たい事ではない。 ...
Jan 23rd
2010
気がつけば、2010年ですって!! あの頃からすれば超未来で、 想像してた自分になれたのだろうか、 あの頃の自分に誇れる自分であるかどうか、 全くもって判断のしようが無いけど。 そして、なんだろう、 この不安、この焦り。失望感、喪失感。 正月早々こんな気持ちだ。ってどんな気持ちだ? 僕はいつ死んでしまっても悔いは無い。 嘘を言っても仕方無い、これは本当。 死ぬことが怖くて怖くて仕方無い時期があった。 死とはなにか、生きるという事はどういう事か、 なんの意味があるのかと… 中学生の頃かそれより前か、 記憶している訳ではないがとにかく漠然と不安だけがあった。 ずっとずっと考えていたけれど、 誰も教えてくれないし答えは見つからなかった。 そう考えている時、ふと自分に問うてみた。 今ここで死んで悔いはあるか? と。 なかった。 と言うか、許せた。 ...
Jan 3rd
November 2009
1 post
経験の価値とは
洋服屋ですてきなシャツを見つけた。 瞬間、すごく欲しいーと思っても、やはり気になるのは値札で… ここでやっぱいいやー と思って 買わないこともあるけれど、 最近は出来るだけ買うことにしている あとあと思い立って、無くなってて後悔したくないから で、だいたいこの話の流れで出てくるのが、 こんな素敵な出会いがあった時に、 もしお金がたりなくってそのチャンス泣くなくを逃してしまうのは 非常に残念で後悔するから、そんな時の為にも お金の使い方について考えて、貯金なりしなきゃダメよ って話な訳で、 それはまぁそうなんだけど、 そもそも、例えばその見つけた素敵なシャツを 買うという行為について問うてみる。 単刀直入に言って、疑問視している点は、 その行為をして得られる満足感や、 逆にしなかったことを後悔する気持ちが 果たして意味のあることかということ。 ...
Nov 7th
October 2009
4 posts
#untitled
毎晩僕は祈っている そして今日も眠りの世界へと 吸い込まれていく もう二度と 目覚めることが無いようにと かなわぬ願い 夢の中で出会えたなら
Oct 28th
意識は言語に宿るのではないかと、ふと思った。 まとまったら、また書く
Oct 8th
たましひの輝き
わかりあえると信じる希望 わかりあおうと互いに向かうその先に わかりあいたいと一人で叫ぶ あきらめはない その一人一人のたましひが はかない小さな輝きが 愛しいく、美しい
Oct 7th
あなたの意識 わたしの意識 #003
当たり前の事なのに誰もこの事を話題にしないのは、そんな事言ったって何んにもならないから。何も変わらないから。 その前提を受け止めて生きて行くのならば、哲学者にでもなればいい。世間からはそう言われそうだ。 その事実を胸の奥に抱えたまま、人は人とコミュニケーションを取り合い生きていく。理解出来ない意識を無理矢理共感に変える能力をもって、それは逆に言えば理解し合えない事を忘れてと言うことだが、そうしないと正常では居られない。 簡単に共感できる事実は容易に意識共有したように錯覚する。あれが見えるとか、こう聞こえるとか、辛いとか、痛いとか言った事柄が容易に理解し会えるのは、それらが身体的感覚と対応したものだからだ。しかしその前提にも意識レベルでの共感・真に分かり合える事は無い訳である。 ...
Oct 7th
September 2009
3 posts
人のせいにするばかりで、結局なにも変わらないのに。 自分が嫌になるだけなのに。 この世界は俺の世界なのに、また他人任せにして 嫌いだ 俺
Sep 2nd
#untitled
ちょっとイライラしてるのかな。 こんな時は身分わきまえずに言いたいこと書きなぐっておいた方が モヤモヤしたままで居なくてすむし、思考も切り替えれるし、 あとあと読んで後悔するだろうから良い気がする。 最近ちょっとばかし忙しい。 のに、やる気が出ない。仕事が面白くない。 好きなことを仕事にしたく、この業界に入った。 会社に入ることを選んだ理由は、ガァーっと無茶苦茶タスクこなして、 場数を踏んで、やなことも何もかもドンドンとやってみたかったからだ。 そういう経験を経て自分の可能性を試したいと思っているし、 その中で力つけてできるようになる事が目的なのだが、 最近はそうもいかない状況にあることに気づいている。 自分のモチベーションが問題なだけなのかもしれないし、 以前と比べて少しずつではあるが視野が広くなったか、 力付いてきた気になっているだけなのかもしれない。 ...
Sep 2nd
About myself #004
他人がいる世界と自分の世界 2種類の世界で僕は生きていると思う。 多分これは、物心付いた頃から感じてきたことだ。 そしてはっきり言えることなのだが、僕にとって大切なのは後者である。 僕は一人が好きだし、 みんなの中で一人でいると感じれることをするのが心地いいのだ。 言い換えれば、これは自分が好きということであるが、 全く否定するところではない。 しかし、ずっと一人で居ることに耐えれるほどの 精神力を全く持って持ち合わせていない。 これは幾分厄介なことだと自分でも感じる。 僕は人の中に居るのが好きだ。 知ってる人、知らない人、街の雑踏の中… 東京が好きな訳はここにもある。 この街は今ベランダで一人こんなくだらない文章を打っている この状況においても、 この東京という空間がどこに居ても全体として 人の中にる感覚を僕に感じさせるからだ。 ...
Sep 1st
August 2009
5 posts
あなたの意識 わたしの意識 #002
誰もがそうで、みんな知っている事実なのに、公に語られることは無い これは「公然の真理」である いつだっただろうか、確か中学生…いや正確には覚えていないがとにかく、僕がこの事実に気がついた時から今まで他人からこの事実を聞く事はなかったし、自分から相手に伝える事もしなかった。
Aug 18th
あなたの意識 わたしの意識 #001
私達は他人が意識を持っていることを確かめるすべを持っていない。 それは、他人が同じ色を見てるかとか、同じ味を感じているかとか、そう言った全ての感情とか感覚とか言うものは共有できないと言うことである。 いくら言葉でコミュニケーションを取ろうとも真に解りあえることは無い。 この見解に対してあげられる反論として、あなたもわたしも同じ人間だ だからあなたが感じる感覚は同じように私にも感じる事ができる 故に人は互いに解りあえる と言える と言うものが上がってくる。 では、同じ人間であると言うのはなにを基準に同じと言うのか それは、生物学的分類上同じであるだけであって、それ以上でもそれ以下でも無い。 そもそも感覚的な事、感情的な事、主観など、それぞれの人が持っている意識は学問的に体系的分類が出来るものでは無いだろう。 我々一人一人は生まれてこの方ずーっと一人ぼっちなのだ。 ...
Aug 17th
for you #004
東の空 赤く染まって 新しい風が今日の空気を運んで来て 時間は流れる 今日を迎える 意味も解らず意味を求めて おもたい夜は答えをくれず 正気の中へ問いすら隠す そんな毎日は平和すぎて なにかを訴える人も海の泡のように 思えてしまうほど 今日も変わらず世界は回る 良いも悪いも見方次第 あなたもどこかで朝を迎えてる その幸せが ずっとずっと 続いて行きますように
Aug 15th
for you #003
互いの波長が逆転する8月 一人ぼっちのベットの上で 毛布にくるまる3:30 a.m. またこのままおいてけぼり 眠れないの夜空が呼ぶから こんな思いは脳のせい 君とは一生離ればなれ 勝ち負けなんて無いのにって 見えない自分と戦って 理想の自分にコテンパンにされる 昨日もあの子はそこに居て 今日も会えるか保証は無いけど そっと目を閉じたら探してみよう まぶたの裏の僕の世界で
Aug 10th
for you #002
遠すぎるからよく見える 近すぎるから聞こえない 大事なことは薄れていく くだらない言葉を思い出す 大きな夢を小さな手に 猫の目で見る未来の果てに 君はきっと 君はきっと
Aug 10th
July 2009
11 posts
wikipediaを使う時
僕がwikipediaを使う時の姿勢として、 主に2つあるなとふと思った。 一般的には調べ物とか関連する事柄の抽出などがwikiの使い方にあるなと思われる。 わからない事があった時に辞書を引くようにwikiを検索すると言う事が多いかもしれないが、 僕はそう言う使い方をしないようにしている。 理由は2つ。 ひとつ目はwikiに記載されている情報が偏った見方から書かれている場合が多い事だ。wikiの情報の信頼性の問題は議論が多いが、その点に関しては僕は信頼に値すると思っている肯定派なので、その部分でのの問題意識ではなく、説明文で捉えられていない側面が多いのだ。 もう一点は、逆で、関連する物事や説明の中で出てくる知らない言葉なりで大量の情報に襲われてしまうからだ。 この二点で、特に後者の内容があり調べ物には使わないようにしている。 ...
Jul 22nd
About myself #003
小さい頃から考えている事だ。 覚えているレベルで幼稚園くらいからだ。 これは僕にとって最大の問題である。 人に相談した事など無いし、 僕の両親も僕がこんな事考えてるなんて思ってもいないだろう。 他人にこの事を軽く表面だけ伝えると いつも不思議がられる。 僕は逆にその反応が不思議だったりする まぁ自分でも昔からわかってる。 普通の人はこんな事考えないだろうなって。 でも、確かめたいんだ。 他人がとるその反応を。 その行為の裏側には 少しでも自分の事を知ってもらいたい その思いがあるんだろうな。 そんな煩悩を捨てて、 一心にこの問題に立ち向かえる そんな人になりたいと僕は思う
Jul 17th
About myself #002
どうにかして、この資本主義経済社会から脱却出来ないものかと思う。 きっと、幼い頃田畑を駆け回り自然の中で遊びながら成長した僕の中には、重農主義の考え方が奥の方で息をしているんだなと感じる。
Jul 13th
point of the view #002
ずっと考えつずけてきた事なんだけども、 真に新しい物の創造、未知のものを生み出す事と言うのは可能なのであろうか? 思考によって、または直感的なひらめきによって生み出されるアイデアは完全に他の物から独立している訳ではない。それを生み出す人の感性や思考、経験は他の物や他者の影響を受けて成立すると言う過程を必ず経ている。そこから生み出されるものもよく観察すればその影響が背後に見えて来る訳である。 そう言った事から真に新しい物の創造と言うのは起こり得ないと言えるのではないか。 この事は、まずこの思考がどう言った事を問うているのかを明らかにしなければならないと言う問題を私に突きつけている訳だが、それはつまり、真に新しい物とは一体何かと言う事と、なぜその様な物、事を考えるのかと言うことであるが、その思考はきちんと考える時間を別に設けたい。 ...
Jul 9th
思うに
日本の若者の学力低下が叫ばれている。 そう言われながら学校に通い、社会に出た僕ら世代。 問題は僕らにあるんじゃなくて、 そう言っているあなたたちが育てた教師にあるんじゃないの?って。 あなたたちが作った社会なんだから僕らのせいにしないでよねって。 終電の電車でケンカしている中高年の方を見ていると そりゃ、子供達がこうなっても仕方ないよなって思う。 ん、でも、思うに 世代が若くなるに連れてバカになってる日本だとしても、 誰一人として自分をバカだと本気で思ってる人はいない それは危ない現状じゃなくて、逆に大丈夫って事だと思う。 本心ではバカじゃないって信じてるから、まぁそのうち反動が起こってみんな勉強するようになるさ なんて楽観的! 日本は平和で何よりです。
Jul 7th
るべき、らざるべき
人類学が未開の地の人々の文化や習慣を調査するその活動は学問的発展と資料の蓄積、記録と言う面においては非常に有益であるし、そこから得られた考察や新しい視点はすごく価値のあるものだ。 しかしながら、否定的な見方をすると、その行為は既にそこで暮らす人々の社会に足を踏み入れ、汚してしまっていると言える。学問的体系を完成させ、消えゆく文化や習慣、伝承を保存すると言う大義明文をこちら側の目的を押し付けているようにもとれるのである。 とは言っても、この歩みは止められない。こちら側が止めてもあっち側からやって来る。 我々は知るべきなのか知らざるべきなのか そこが問題だ。
Jul 7th
point of the view #001
ネイティブ世代への橋渡しが僕らの役目なのかな 世の中が変っていく過程を考えれる 新しい概念の提唱 その概念の浸透 ネイティブ世代の登場 古い概念との対立と淘汰 一般化 本質を突いていない概念の多くはは2で消えていく。 3、4は並行して行われるだろう また、一般化した世界のなかから新しい概念は生まれる。 常に世の中はその流れの繰り返し とどまる事はないだろう それは、深い山の森の中で湧き出した泉の水が、小さな水路を作り、 やがて大河となって力強く大地を削り、広大な海へと進出していくイメージ ネットはこの流れが以上に速く進行している世界だともいえる だからその中に居るのは非常に刺激的だ。 その中にあっても、自分の思考と経験、ひらめきから生み出した概念をもち 迷わず歩んでいける人になりたい そう願う。 流れの中で一個人レベルで言えば、...
Jul 6th
Expression of unconscious art
ダウン症患者による芸術にみられる人間の無意識的芸術表現について、 一次抑圧の向こう側が垣間見れる数々の作品は、人間の可能性と心的構造の深さを我々の前に突きつける。
Jul 6th
希望と好奇心
ずっと知りたいと思って 探していた物とか領域だったりは 突然現れるもんで、 何かその偶然性って言うか、 ある種必然性みたいな発見が面白い。 生きてる現実の上でその事を忘れて 夢中になって取り組めている時間は 現代のドリームタイムのような感覚。 ぼくの希望と好奇心が僕を生かしてる そんな感覚。
Jul 6th
大丈夫 生きてる
Jul 6th
Life is Beautifull
生きると言うこと 死への旅立ち 不確定な未来に希望を抱き歩む道のり 誰の未来も明るい その保証はないのに 全員がハッピーエンドを信じてる 生きる事に失望した時 思い出す 生まれてくる前に交わした約束を でも、それでも生きようよするあなた それはきっと、 それをきっと、 美しい と呼ぶんだね そう、忘れないで 思い出して ほらあなたにも見えるでしょ
Jul 2nd
June 2009
5 posts
コーヒー
コーヒーがいつ頃から飲まれていたかははっきりしていない。 文献に初めて登場したのは9世紀、6~8世紀ごろエチオピアからアラビア半島に伝わり中東・イスラム世界に広まった。紀元前には既にエチオピアではコーヒーの実を潰して丸めたものを携帯食としていたと伝えられている。 現在のように焙煎したものを飲むようになったのは不明であるが、初期の頃は生の実や豆の煮汁を飲んでいたらしい。 コーヒーにはアルコールに似た弱い幻覚作用がある。生のまま煮た煮汁は焙煎したものとは違い、青臭くアクがあるものだろうと予想出来るが、それを飲んでいたと言う事はアマゾン流域に暮らす原住民たちの文化にあるシャーマニズムの儀式に近い物があるのではないかとちょっと調べて見る価値がありそうだ。 と、そんな妄想をしている 2:07 am.
Jun 30th
for you. #001
いつまでも、 いつまでも 忘れない。 だって ぼくの半分は きみが作ったから
Jun 29th
Jun 28th
About myself. #001
大学では一応、物理学をやってた超理系出身なんだが、 量子力学の講義を受けた時にかなりつまずいた。 概念や計算、その辺りは問題無かった。計算から導かれる結果と観測的事実は確かに一致するし、予測される結果は理解できた。 しかし、解釈問題についての説明はどの先生も自分が納得できる回答をして頂けなかったのだ。 量子力学における解釈問題は、量子力学の成立の過程から常に議論の対象であった。アインシュタインの残した「神はサイコロを振らない」と言う言葉があるが、アインシュタインは彼の発表した相対論以上にこの量子力学の解釈問題の探究に生涯をかけて取り組んだ。 量子力学が登場する以前のアリストテレス、ニュートンの行ってきた物理学は決定論的であり唯物主観を基礎に持つ考え方で自然界の法則の探究の形而上学化を行ってきたと言える...
Jun 28th
iPhone
Hi, I got iPhone 3GS today. It reary so good! I can’nt use this well yet, but I grow up soon. Because, I tached this all most of day…
Jun 26th
November 2008
1 post
自己の存在 1/x
自分自身の存在について。part 1. 自己の存在定義について考える。 そもそも、自分自身が「生きている」という事をどのように定義すべきだろうか。 自分自身の「生」は、自分の意識が有るかどうかと言うことによって認識されている訳であるが、 私たちは自己の意識が存在するかどうかと言うことについて、普段、考えない。 自己の意識は、私たち自身が生命活動を行う根底の部分で機能していると言える。 私たちのとる行動や思考は、身体の感覚系と思考による知覚の信号を脳で統合し、 その反応のフィードバックによって行われていると考えられる。 脳での反応から行動や思考が生まれ、それらは再び脳への入力信号となる。 その脳の反応過程と、そこからの行動や思考という一連のプロセスが働いている状況が 意識がある状態であり、意識は、身体にある状況の監視者的位置にあると言える。...
Nov 13th
October 2008
4 posts
存在論
存在論について考えること、それから逃げないと決めた。 しかし、考えはじめてみても、5秒でわからん。 存在の定義を探求すると言う事は、 存在の存在理由について、存在一般の意味を述べる事、 また存在についての思考の存在定義について明らかにする事であろう。 (とりあえず今の所は) しかしして、存在理由をどのようにして述べるべきであろうか? 存在理由の探求は、その探求にして超越性を生み、形而上学として形を変えるであろう。 まぁ、とりあえず、アリストテレスとハイデガー読んでまた来ます。
Oct 26th
vistaのMBR修復
ubuntu8.04をvistaが入っているPCにインストールしてみた。 インストールの際にvistaのMBRをgrubで上書きしてしまい、 vistaが起動しないと言う自体に… 完全にミス…   vistaのインストールDVDを持ち出し、ブートしてみるが、 vistaのプリインストールのPCなので「システムの回復」メニューが出てこない… 困った。   色々と検索して見た結果、Windows Vista Recovery Disk と言う物を発見。 ubuntuでCDに焼いて、少し怪しげだが、まぁ試して見ることに。 Diskからブートすると英語のVistaインストール画面が現れ、 下のメニューに「システムの回復」メニューがあったので、実行し、再起動。 何事もなかったかのように無事に復活 ...
Oct 23rd
Cornu Copiae
コルヌーコピアイの箱 昔、ある街で起こった出来事。 人々は毎日変わらない日々の中で、何かを失った様に生活していた。 ある日の午後、街の広場の空に光り輝く箱が現れた。 突然現れた箱に人たちは、驚いた。 ある人がそれを捕まえようとしたけれど、その箱に触れることは出来なかった。 箱が言った。 「欲するものを言葉にせよ。汝にそれを与えよう」と。 あっけに取られている人の中である人が叫んだ。 「食べ物をくれ!」 すると、箱はその上蓋を開いたかと思うと、 そこから食べつくせんばかりのパンや肉や果実が飛び出した。 次の瞬間人々は自分の欲するものを次々に叫び、 箱はその言葉に答えて、際限なく金や食べ物や酒や宝を吐き出した。 辺りはパニックになり、人々は我先にとその宝や金に飛びつき、...
Oct 15th
意識の肉体
俺を形成しているのはいったい何だ? この意識の正体はいったい何なんだ。 現実において、意識なしでは物理的肉体の存在の意味はない。 肉体は物的に形状を持っているのと同時に、 意識の中での内部的形状を持っていると認識できる。 目を閉じてもそこに手があると認識できるように。 この内的形状をもつ意識の中の肉体は、 意識の中だけにしか存在しいえない自分自身という物を 現実世界に存在させると言う”仲介機能”を果たしている。 この事によって私たちは現実に存在していると言う感覚を得ているのだ。 と、この様に現実に存在する自分というものとらえてみる。 そうした場合、自分自身の存在とは、 意識の中だけにしか存在しいえないのだ。 つづく
Oct 6th
July 2007
1 post
他者が踏み込めない世界観をそこに表現すること。
Jul 24th