point of the view #002
ずっと考えつずけてきた事なんだけども、 真に新しい物の創造、未知のものを生み出す事と言うのは可能なのであろうか?
思考によって、または直感的なひらめきによって生み出されるアイデアは完全に他の物から独立している訳ではない。それを生み出す人の感性や思考、経験は他の物や他者の影響を受けて成立すると言う過程を必ず経ている。そこから生み出されるものもよく観察すればその影響が背後に見えて来る訳である。
そう言った事から真に新しい物の創造と言うのは起こり得ないと言えるのではないか。
この事は、まずこの思考がどう言った事を問うているのかを明らかにしなければならないと言う問題を私に突きつけている訳だが、それはつまり、真に新しい物とは一体何かと言う事と、なぜその様な物、事を考えるのかと言うことであるが、その思考はきちんと考える時間を別に設けたい。
では、その前提で、真に新しいものの創造は起こらないとした上で、クリエイティブに挑戦する際に考えの基礎に起きて置かなければならない概念と、そこからの方向性を、整理しておくことが必要である。
しかしながら、まだ私はその事をまとめれるまでに至っていないのが現状だ。ただ、方向性に関してひとつあげられる事がある。
たとえクリエイティブな物が他からの影響を受けているにしても、その繋がりや背後関係を希薄な物にする事は可能なのではないかと言う事である。独自性を推し進め他の追随を許さぬまでに引き離す事、その過程は苦難の連続であろうが、そう言った事の繰替えしを通じてその思考の独自性は厚みを増して行くものと思われる。
重ねがさね言うが、ひとつ方向性として上げるならばだ。
この考えにも先程私が直面している問題に絡む要素があり、なぜ独自性の追及が必要なのかと言う問に対しての解答を含んでいない。
この思考がはらむ問題は今後の自分が常に背負って行くであろう事の様に感じられる非常に重大な物だ。イメージにして見ると、ゴムで繋がれた自分が我武者羅に遠くへゴムを引っ張って逃れようとしているような物で、常に力を加えつずけ反発するか、諦めて繋がれたままでいるかの選択を今後迫られる気がする。
やれるだけの事をする。 今はそのつもりだ。
いつかきっと輪廻の果てを飛び越えられるように。