経験の価値とは

洋服屋ですてきなシャツを見つけた。
瞬間、すごく欲しいーと思っても、やはり気になるのは値札で…

ここでやっぱいいやー と思って
買わないこともあるけれど、 最近は出来るだけ買うことにしている
あとあと思い立って、無くなってて後悔したくないから

で、だいたいこの話の流れで出てくるのが、

こんな素敵な出会いがあった時に、
もしお金がたりなくってそのチャンス泣くなくを逃してしまうのは
非常に残念で後悔するから、そんな時の為にも
お金の使い方について考えて、貯金なりしなきゃダメよ って話な訳で、
それはまぁそうなんだけど、
そもそも、例えばその見つけた素敵なシャツを
買うという行為について問うてみる。

単刀直入に言って、疑問視している点は、
その行為をして得られる満足感や、
逆にしなかったことを後悔する気持ちが
果たして意味のあることかということ。

その気持ちの程度基準となるものはな位置に存在せず、常に変化する。
程度基準とは、ある欲求の大きさの尺度ととらえられる。
欲求を満たせた場合、満足感を得られるが、
満足感自体は持続するものではなく、満足感を経験したという記憶が残る。

その体験に対して、お金を払って購入した とすれば
この問題の焦点は 経験することの価値とその一般性 となる。

さて、我々がなにかを体験したり、
なにかを感じたりした際、
それがそのまま経験として得られるものとなる訳であるが、
では、経験することとは、つまり、生きているという意識の・・・ つづく