Cornu Copiae
コルヌーコピアイの箱
昔、ある街で起こった出来事。
人々は毎日変わらない日々の中で、何かを失った様に生活していた。
ある日の午後、街の広場の空に光り輝く箱が現れた。
突然現れた箱に人たちは、驚いた。
ある人がそれを捕まえようとしたけれど、その箱に触れることは出来なかった。
箱が言った。
「欲するものを言葉にせよ。汝にそれを与えよう」と。
あっけに取られている人の中である人が叫んだ。
「食べ物をくれ!」
すると、箱はその上蓋を開いたかと思うと、
そこから食べつくせんばかりのパンや肉や果実が飛び出した。
次の瞬間人々は自分の欲するものを次々に叫び、
箱はその言葉に答えて、際限なく金や食べ物や酒や宝を吐き出した。
辺りはパニックになり、人々は我先にとその宝や金に飛びつき、
ポケットがちぎれ落ちんほどそれを詰め込み、抱えきれないほどの宝を抱きかかえ走り去った。
しばらくその騒ぎが続いた。人々はその箱に群がったまま離れなかった。
辺りは夕暮れとなり、
街の広場には酒に酔い寝転ぶ人や、腹が痛くなるほど食べた座り込む人、
尚も金や宝石や装飾品をかき集める人に溢れていた。
ある農民の男が街の広場を通りかかった。
農夫は自分の育てたいもを売りに行って帰る途中だった。
売ったいものお金ででパンを買おうとしていたが、
街のどの店にも人はいなく、パンを買うことが出来なかった。
農夫は何の騒ぎかと箱に近づいた。
箱は言った。
「欲するものを言葉にせよ。汝にそれを与えよう」と。
農夫はあたりを見回し、箱が自分に話しかけていると気づくと、
少し考えて言った。
「欲するものは何もない。
私には食べ物を十分に与えてくれる畑と、乳をくれる牛がいる。欲するものは何もない。」
すると箱は農夫に言った。
「これを受け取ってくれ。」
箱から光る何か玉の様な物がふわっと出てきた。
その玉はぼんやりとふわふわしていて、形を捉えることはできなかった。
農夫の手にそっとのっかったそれは、暖かく、見ているだけで安らかな気持ちになれた。
「お前には必要ないものかも知れんが。心にしまっておけ。」
農夫はその玉を素直に自分の胸に当てた。
玉はすっと農夫の中に入って消えた。
それを見ていた人は静まり返り、夢でも見ているかと言うような顔をしていた。
農夫は箱に丁寧にお礼を言い、自分の家に帰っていった。
農夫の姿が街から見えなくなったとき、
突然、物凄い風が吹いてきて、その風は箱の中に入っていった。
風は箱が出した金や宝石や装飾品をすべて引っ張って、箱はそれを吸い込んだ。
宝を抱えて話さなかった人も居たが、風はその人も一緒に箱の中に入っていった。
吐き出したものを全部飲み込んだ箱は、ぱっと吸い込まれるように消えた。
人々は言葉を失った。
そのまま夜が来て、朝になった。
人々はまだ正気に戻れず、呆然と立ち尽くしたままだった。
数日後、農夫の家に街の人々が押し寄せた。
押し寄せた人々はそれぞれに不満や怒りを農夫にぶつけた。
農夫は黙って聞いていて、そして、言った。
「あの日の夜、夢に箱が出てきて、
『私がお前に与えたものを独り占めにしてはいけない。』 と私に言ったんだ。
私は、『貰ったものが何なのか解らないのに、どうやってそれを独り占めにするのか解らない。』 と尋ねた。
すると箱は『お前は知っているはずだ。胸に手を当ててみれば良い』とだけ言って消えた。」
人々は黙って聞いていた。
農夫はおもむろに自分の手を胸に当て、ゆっくりと手を離した。
すると、その手にはあの時の玉のすごく小さくなったものがのっていた。
その玉を見た人たちは驚き、そして、その場に居たすべての人が暖かく、安らかな気持ちになった。
農夫は、一人の男にそれを手渡した。
玉は、その男の胸にすっと入った。
「私は何も望まない。玉はすべての人にあげてしまおう。」
玉をすべての人に分け与えたが、農夫の中の玉は尽きることはなかった。
そのその玉を貰った人々は、それを持たない人に分けていった。
すべての人に玉は行き渡った。
その玉を持たない人は居なくなった。
そして半年がたって、街の人々はあの箱の事を忘れた。